人的資本の開示は、2026年3月期の有価証券報告書(以下、有報)から本格的に始まった。人材戦略は経営戦略と関連づけて書くことが求められているが、各社は経営戦略から人材の数値目標まで、話を一本につなげて書けているだろうか。第1回(【開示事例分析】人的資本の「初の有報開示」を読む)に続いて、東証プライム市場に上場する3月期決算の15社(注1)の有報を原本で読み、確かめた。
結論を先にいえば、人材戦略の書き出しは、経営計画からが8社、理念・価値観からが6社、人材のリスクからが1社に分かれた。必要な人材の定義は、職務や専門領域で定めた会社が7社、人物像で定めた会社が8社で、この違いは数値目標の置き方の違いと重なっていた。なお本記事は、特定の時点の開示を事例として読む「開示事例分析」の1本であり、15社が上場会社全体の傾向を示すものではない。
経営戦略から数値目標まで、四つに分けて読む
2026年2月に公布された改正開示府令は、人材育成方針と社内環境整備方針を、企業戦略と関連づけた人材戦略として書くよう求めている(注2)。第1回で見たとおり、15社の最初の開示は項目としては出そろっていたので、今回は、書かれた中身が経営戦略から数値目標までつながっているかを読んだ。見たのは、出発点(何を根拠に人材戦略を書き始めたか)、必要な人材(戦略が求める人材を何で定義したか)、施策、指標と目標の四点で、この分類は編集部の整理による(注3)。
書き出しは、経営計画が8社、理念が6社
人材戦略の記載で最初に根拠として置かれたものは、三つに分かれた(図1)。経営計画や事業戦略から入ったのは8社で、日立製作所は経営計画「Inspire 2027」のもとで新しいグローバル人財戦略をつくったと書き、三菱商事は「経営戦略2027期間における人事関連の取り組み方針」を、東京エレクトロンは5年間で1.5兆円以上の研究開発投資とグローバルで1万名規模の新規採用という計画を、それぞれ冒頭に置いた。KDDI、NTT、三菱UFJフィナンシャル・グループ、リクルートホールディングス、ソニーグループもこの型である。


理念・価値観から入ったのは6社である。トヨタ自動車は「モノづくりは人づくり」、伊藤忠商事は「三方よし」と「商いの根幹は人」、任天堂は娯楽を通じて世界中の人々を笑顔にしつづける会社でありたいという考えを置いており、本田技研工業、信越化学工業、ソフトバンクグループも同じ型である。残る三井住友フィナンシャルグループは、人材に関するリスクから書き始めた。人材需給の逼迫やスキルの陳腐化で経営戦略の遂行が遅れるリスクなど三つを先に挙げたうえで、2026年度からの中期経営計画の三つの重点人事戦略につなげている。
必要な人材は、職務・領域で定義が7社、人物像で8社
戦略が求める人材を何で定義したかも、二つに分かれた(図2)。職務・専門領域・人数で定義したのは7社である。三菱UFJフィナンシャル・グループは「経営・事業戦略に必要な人材の要件や人数を可視化して、人材育成・確保プランを経営レベルの会議体で討議する」と書き、KDDIは30の専門領域ごとの役割とスキルを「ジョブ図鑑」にまとめた。日立製作所は、事業戦略の遂行に必要な職務を起点に採用から配置までを一体で捉える「ジョブ型サイクル」を挙げ、リクルートホールディングスは主要ポストごとに職務要件と人材要件を定めるとしている。NTT、三井住友フィナンシャルグループ、東京エレクトロンも、役割やポスト、重点領域、専門性を単位にしている。

これに対し、人物像・価値観で定義したのは8社である。トヨタ自動車は「誰かのために、自ら考え、行動し続ける」人材を、任天堂は独創・柔軟・誠実からなる「任天堂DNA」を、ソニーグループは意志・行動力・レジリエンスをもつ「変革を担う個」を、信越化学工業は専門性を軸に周辺分野でも力を発揮する「T字型人材」を挙げた。伊藤忠商事、三菱商事、本田技研工業、ソフトバンクグループも、人物像や行動特性で書いている。

ただし、職務に基づく人事制度を入れていることと、必要な人材を職務で定義していることは別である。ソニーグループはジョブグレード制度を、三菱商事は職務給制度を導入しているが、必要な人材は人物像で書いている。
数値目標まで筋が通った会社と、途中で切れた会社
必要な人材をどう定義したかは、数値目標の置き方と重なっていた(図3)。職務・領域で定義した会社には、同じ単位で数える指標を置いた例がある。日立製作所は施策ごとにKPI(重要業績評価指標)を設け、重要なものをサステナビリティ戦略「PLEDGES」の人財目標としており、2027年度の目標に対する2025年度の実績は、AIプロフェッショナル人財が5万人に対して約3万9,000人、グローバルリーダーが1,000人に対して約550人である。KDDIは各専門領域のプロ人財比率に45%の目標を置き、2025年度の実績は42%だった。三菱UFJフィナンシャル・グループは、DXコア人材の育成研修の受講者数を2025年度1,340名(2026年度の目標は1,200名)と示している。三井住友フィナンシャルグループは、重点領域の人材充足率をモニタリング指標に、人的資本ROIと人財ポリシースコアを中期経営計画のKGI(重要目標達成指標)に置いたが、進捗は2027年3月期以降に開示するとして、当期は旧計画(2023〜2025年度)の結果を示すにとどめた。

人物像で定義した会社は、指標の置き方が分かれた。ソニーグループは、人物像を支える「越境経験」を、経営層の海外赴任経験者率75%と、入社者に占める他社・他職種経験者の比率31.3%(2025年度)という数えられる単位に置き換えている。任天堂は、アンケートのスコアを指標にしない理由(目標を意識した回答の偏りを避けるため)を書いたうえで回答率を指標とし、90%以上の目標に対して91%の実績を示した。トヨタ自動車は、理念から導いた六つの重点実施項目(人材育成、従業員との対話、DE&I、労働慣行、健康・安全衛生、人権の尊重)を置いたものの、人的資本の項で示した指標は女性管理職数と男性育児休業取得率の二つにとどまり、マテリアリティ(重要課題)に関する指標は連結子会社から収集中と記している。

一方、途中で話が切れている例もある。信越化学工業は「従業員1人当たり営業利益」を主要指標とすると書いたが、指標と目標の表に載ったのは年間研修費(目標3万円、実績3万3,500円)などで、この指標の数値はなかった(注4)。伊藤忠商事は、人材戦略を四つの要素が連動する好循環として説明し、労働生産性など多くの指標を載せたものの、目標が付いたのは男性育児休業取得率と女性役員比率の二つだけだった。
取締役会は、どこを見ているか
戦略と数値目標のつなぎ目を取締役会がどこで確かめているかにも、記載の差があった。三菱UFJフィナンシャル・グループは、取締役会が人的資本に関するリスクと機会の監督に責任を負い、グループCHRO(最高人事責任者)が目標と進捗を年2回、取締役会に報告すると書いており、役員報酬のESG指標には従業員エンゲージメントサーベイのスコアと女性マネジメント比率を置いている。本田技研工業は、経営管理指標を、取締役会が監督する責任を負うKGIと、経営会議が実行する責任を負うKPIに分け、従業員エンゲージメントスコアをKGIとした。リクルートホールディングスは、組織・人事の主要な権限を戦略ビジネスユニットに移したうえで、有報にはグループの目標として従業員・管理職・上級管理職の女性比率を示している。
施策の共通点と違い
施策には、共通点と分かれ目の両方がある(注5)。従業員へのサーベイを施策または指標に挙げたのは、信越化学工業を除く14社だった。従業員向けの株式報酬や株式交付に触れたのは9社で、うち6社は対象を管理職や経営リーダー層などに絞っている。AIの習得を人材施策に挙げたのは日立製作所、三菱商事、KDDI、伊藤忠商事、信越化学工業、ソフトバンクグループ(子会社のLINEヤフー)の6社で、NTT、本田技研工業、三井住友フィナンシャルグループは、AIを事業環境の変化として書いている。
書かれていなかったこと
15社の記載を通して見ると、読み手の判断材料が足りない点が二つ残る。
一つ目は、指標の名前は挙げているのに数値がない例である。信越化学工業の「従業員1人当たり営業利益」、本田技研工業の人的資本投資額(目標・実績とも非開示)、三井住友フィナンシャルグループの新しいKGI(翌期以降に開示)、トヨタ自動車のマテリアリティに関する指標(連結子会社から収集中)がこれにあたる。理由や開示の時期を書いた会社もあるが、この4社については、戦略が名指しした人材の進み具合を今期の有報だけでは読み取れない。
二つ目は、実行をグループ会社に任せる会社の指標の範囲である。伊藤忠商事は施策の実行をグループ各社が担うと書いているが、人材育成・働き方の指標は大半が提出会社(単体)の集計であり、ソフトバンクグループが示した女性比率や育児休業取得率も同社単体のものだった。戦略の範囲と指標の範囲が一致しているのかは、記載からは判断しにくい。
実務への示唆
実務上のカギは、必要な人材を何の単位で定義するかと、その単位で数えられるかをそろえることにある。15社の記載では、数値目標まで話がつながっていた例は、定義と数え方がそろった会社に見られた。職務・領域で定義するのであれば人数や比率で追い、人物像で定義するのであれば、数えられる行動に分けるか、測らない理由を書く。そのうえで、取締役会が何を見るのかを事務局が整理しておくことになる。
- 職務・領域で定義するのであれば、充足の度合いを一つの指標にして、取締役会で見る。日立製作所はAIプロフェッショナル人財の人数を、KDDIは専門領域ごとのプロ人財比率を、三井住友フィナンシャルグループは重点領域の人材充足率を指標にした。例えば、中期経営計画が名指しした成長領域ごとに、事業部門が必要な人数を、人事部門が現在の人数を示し、その差を充足率として年2回、取締役会に報告することが考えられる。三菱UFJフィナンシャル・グループのグループCHROの報告も年2回で、負担の目安になる。
- 人物像で定義するのであれば、数えられる行動に分けるか、測らない理由を書く。「自ら考え、行動し続ける」のような人物像は、そのままでは数えられない。ソニーグループは越境経験を海外赴任経験者率などに置き換え、任天堂はスコアを指標にしない理由を書いて回答率を置いた。例えば、「自ら手を挙げる」を社内公募の応募者数と成立数で追うことが考えられる。NTTは1年間で約1,400件の応募と約800人の成立を、日立製作所は過去5年で募集ポジション数と応募者数がいずれも約2倍になったことを書いている。
- 取締役会が見る指標と、執行側が見る指標を分け、事務局が戦略との対応表を持つ。本田技研工業は、取締役会が責任を負うKGIと、経営会議が責任を負うKPIを分けた。指名・報酬委員会が扱うのは役員の選解任と報酬であり、従業員の施策そのものは対象外なので、人材戦略の監督は取締役会(またはサステナビリティ委員会)に置き、役員報酬に従業員の指標を入れる場合は、三菱UFJフィナンシャル・グループのようにESG指標の一つとして切り分ける方法がある。例えば、取締役会事務局が年1回、「成長領域→必要な人材→取締役会に出す指標(1〜3個)→経営会議が見るKPI」の対応表を更新し、自社の有報の記載で筋が途切れる段を洗い出すことが考えられる。
注
- 対象15社は第1回と同じ。東証プライム市場に上場する3月期決算会社のうち、時価総額上位から業種が偏らないよう編集部が選んだ。社名と証券コードは次のとおり(東京証券取引所の上場銘柄一覧、2026年9月30日時点で確認。市場区分はいずれもプライム):トヨタ自動車(7203)、任天堂(7974)、伊藤忠商事(8001)、三菱商事(8058)、NTT(9432)、本田技研工業(7267)、リクルートホールディングス(6098)、ソニーグループ(6758)、信越化学工業(4063)、東京エレクトロン(8035)、三井住友フィナンシャルグループ(8316)、日立製作所(6501)、ソフトバンクグループ(9984)、三菱UFJフィナンシャル・グループ(8306)、KDDI(9433)。第1回で「日本電信電話」と記した会社は、商号変更後の表記であるNTTと書く。各社の記載は、EDINETに提出された2026年3月期の有報(2026年6月提出)の本文による。
- 金融庁「企業内容等の開示に関する内閣府令及び特定有価証券の内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」(2026年2月20日公布)。2026年3月31日以後に終了する事業年度に係る有報から、「第4 提出会社の状況」の「従業員の状況等」に人材戦略に関する基本方針等を記載する。第2 事業の状況のサステナビリティの項にも、人的資本の戦略と指標及び目標の記載がある。
- 分類の定義(編集部の整理)。出発点は、各社が人材戦略の記載(第2の人的資本の項または第4の人材戦略の項)の冒頭で最初に根拠として置いたものを、経営計画・事業戦略、理念・価値観、人材に関するリスクの三つに分けた。必要な人材の定義は、同じ記載の中で戦略が求める人材として示された単位を、職務・専門領域・人数と、人物像・価値観・行動特性の二つに分けた。複数の単位が併記された会社は、記載の中心にある方に入れた。会社の人材戦略の巧拙を評価するものではない。
- 信越化学工業の有報全文で「従業員1人当たり営業利益」の語が現れるのは、人材戦略の本文の1か所のみである。営業利益と従業員数は有報の別の項に開示されているため、読み手が算出することはできるが、指標として数値を示した記載はない。
- 編集部が15社の人材戦略に関する記載(第2の人的資本の項、第4の人材戦略と給与等の決定方針の項)を読み、語の有無を確認した結果による。会社の公式サイトや統合報告書など、有報の外にある記載は含まない。
出典
- 金融庁「企業内容等の開示に関する内閣府令及び特定有価証券の内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」等の公布について(2026年2月20日) https://www.fsa.go.jp/news/r7/shouken/20260220/20260220.html
- 各社の有価証券報告書(2026年3月期、EDINET):トヨタ自動車(S100Y8NY)、任天堂(S100Y9NX)、伊藤忠商事(S100YA6H)、三菱商事(S100YB25)、NTT(S100YCP3)、本田技研工業(S100YDD9)、リクルートホールディングス(S100YDHL)、ソニーグループ(S100YE2C)、信越化学工業(S100YE9I)、東京エレクトロン(S100YEOO)、三井住友フィナンシャルグループ(S100YERK)、日立製作所(S100YGBO)、ソフトバンクグループ(S100YGH5)、三菱UFJフィナンシャル・グループ(S100YJQO)、KDDI(S100YKG2) https://disclosure2.edinet-fsa.go.jp/
- 日本取引所グループ「東証上場銘柄一覧」(2026年9月30日時点) https://www.jpx.co.jp/markets/statistics-equities/misc/01.html
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(ガバナンス・ダイジェスト編集部)
見出し画像:Pexels/Alexas Fotos(https://www.pexels.com/photo/white-jigsaw-puzzle-17770333/)。図:ガバナンス・ダイジェスト編集部作成

