東京証券取引所は8月12日、上場会社682社が回答した「投資家への期待・要望」等に関する企業アンケートと、機関投資家74名(43機関)が回答した「取組みの進展が見られる企業」等に関する機関投資家アンケートの結果を公表した。企業から投資家への注文と、投資家から企業への注文を並べて読むと、日本の建設的対話が抱える課題が鏡合わせの構図で浮かび上がる。8月6日の東京証券取引所の市場区分見直しフォローアップ会議(第29回)にも報告された、対話実務の現在地を示すデータである。
企業側:75%が「有意義」、しかし4割が「短期偏重」に不満
企業アンケートでは、投資家との対話について75%が有意義な対話ができていると回答した。有意義と感じる理由は、自社の課題や認識ギャップの把握(62%)、投資家からの理解向上(52%)、情報開示の改善(52%)が上位に並ぶ。
一方、有意義でないと感じた理由の最多は、議論が短期業績に偏ることで41%。自社や業界への理解不足(33%)、一方的・形式的な質問(27%)が続く。投資家への期待・要望としては、中長期的視点での対話、示唆・知見の提供、事業・業界への理解、投資家側の情報開示が上位に挙がった。自由記述には、公開情報を読み込まないまま面談に臨む投資家への苦言や、パッシブ運用機関の一律基準の適用への批判も見られる。投資家のタイプ別では、アクティブ運用のロング機関投資家への評価が高く、ヘッジファンドには対話の質への課題指摘が集まった。
投資家側:進展は評価しつつ「数値目標を掲げただけ」に警鐘
機関投資家アンケートでは、資本コストや株価を意識した経営の取組みが進展した企業としてのべ300社が挙げられた。投資家が評価するポイントは、成長投資と株主還元のバランスを示す資本配分方針の明確化、低収益事業の撤退・売却を含む事業ポートフォリオ改革、ROICやWACCの実践的な活用、経営トップが主導する改革、そして開示と対話の充実──の5点に集約される。
同時に、PBR1倍超やROE8%といった数値目標を掲げるだけの形式的な開示が散見されるとの指摘も多い。資本コストはハードルレートとして実際の投資判断に機能させるべきであり、単純な株主還元やバランスシートの圧縮がゴールではない──という注文は、開示企業が9割を超えた「その先」を問うものだ。未着手の企業に対しては、精緻な分析よりもまず、経営陣自身の課題認識と改善方針、検討スケジュールを示すことを求めている。
ポイント
2つの調査を重ねると、企業は投資家に「もっと中長期を、もっと深い理解を」と求め、投資家は企業に「もっと実質を、もっと実行を」と求めている。どちらも相手の形式的な振る舞いへの不満であり、対話の質は双方の準備の質で決まるという当たり前の事実を、データが裏付けた格好である。
実務への示唆
- 投資家のタイプ別に対話の設計を変える:全ての投資家に同じ説明をすることが不満の源泉になっている。例えば、面談前に相手の運用スタイル(アクティブ/パッシブ、投資期間、過去の質問傾向)を確認し、アクティブ長期投資家には戦略・資本配分の議論を、パッシブにはガバナンス体制の説明を中心に置く──といった仕分けを、IR・SR部門の面談準備の標準手順にすることが考えられる。
- 「評価される企業」の5要素を自社開示の点検軸に:投資家が挙げた評価ポイント(資本配分方針、ポートフォリオ改革、ROIC/WACCの活用、トップの主導、開示・対話)は、そのまま自社の開示・説明の点検リストとして使える。例えば、直近の決算説明資料をこの5点で採点し、弱い項目を次回の開示強化テーマに設定してみるのも一案だ。
- 数値目標の「その先」を語る準備を:数値目標の提示自体は出発点として必要だとしても、投資家の関心は既にその実現メカニズムに移っている。資本コストを投資判断のハードルレートとしてどう使っているか、低収益事業にどう向き合うかを、具体例で語れるようにしておくことが、対話の質を一段引き上げる。
出典
- 東京証券取引所「『投資家への期待・要望』等に関する企業アンケートの結果について」(2026年8月12日)https://www.jpx.co.jp/corporate/news/news-releases/1020/20260812-02.html
- 東京証券取引所「『取組みの進展が見られる企業』等に関する機関投資家アンケートの結果について」(2026年8月12日)https://www.jpx.co.jp/corporate/news/news-releases/1020/20260812-01.html
(ガバナンス・ダイジェスト編集部)

